ニッパーは小学生の頃、デザインナイフは中学生の頃に初めて握った。いずれもガンプラを組むためだ。親に見せられたガンダムにすっかり魅せられて、親よりもハマった僕はせっせとガンプラを作っては遊び、壊す日々を送っていた(いわゆる「ブンドド」)。しだいに、「ポーズをつけて飾る」ことを覚え、壊すことはほとんどなくなっていった。すると、できるだけキレイに作ろうという気持ちが芽生えてきて、ホームセンターで買ってきたようなニッパーから、刃の薄い、2,000〜3,000円ほどのニッパーに持ち替え、デザインナイフも手にするようになった。

とにかく、ニッパーがないことにはプラモデル作りは始まらない。爪切りではやはりゲートの跡が残ってしまうし、細かいところに入っていけない。プラモデルのパーツはランナーと呼ばれる枠に収まっており、そのランナーとパーツを繋ぐ細いプラスチックの注ぎ口がゲートと呼ばれている。パーツを切り取るときは、まずニッパーでゲートを切り取り、パーツにゲートの跡が残っていればデザインナイフで削るのが、お決まりの流れである。このゲート跡をキレイにしておけば、見栄えがよくなるから、ニッパーとデザインナイフを駆使してこれを丁寧に処理するのである。近年はニッパーを必要とせず、手でランナーから切り取れる、いわゆる「タッチゲート」方式が初心者向けのプラモデルには多くあるが、これも場所によっては普通にニッパーで切ったほうがいいことがあるし、全ての商品でタッチゲートを採用できるわけではないから、まだまだニッパーの出番は無くならないだろう。
僕が使っているニッパーは、使い込むうちにバネが切れてしまったが、刃はまだまだ健在であり、こんなことで買い替えていては勿体無いと、ペンチの要領で持ったり、重力で勝手に開くのを生かして使い続けている。もはやこの使い方に慣れすぎて、バネ入りのニッパーを適切に扱えるかどうか自信がないほど、この手に馴染んでいる使い方だ。高校生の頃に買った記憶があるから、十数年は使っていることになろうか。ときどき油を差したり塗ったりして手入れをしている。

そして、プラモデルにはやはりデザインナイフである。カッターナイフが直線を得意とする一方、デザインナイフは曲線に対応し、また細かいところにも入っていける。
デザインナイフは単にプラ板や紙を切ったり、刃を寝かせてランナー跡などを削ることもできるが、刃を立てて滑らせれば、カンナのようにプラスチックを面で削ることもでき、とにかく用途が多い。一本あれば、プラモデル以外にも、切り絵や種々の工作に使える。ただ、細やかな作業が得意な分、刃は脆く、カッターマットの上でプラ板を切るときなどに、ちょっと力を入れすぎると先っぽがあっさり欠けてしまう。また、とにかく切れすぎるところがあり、力の入れ具合を間違えると、パーツを支える指のほうにその切っ先が吸い込まれていってしまう。これで何度指先を切ったことか。だけど、キレイに切れるから、キレイに治る。まったく傷跡というのは残らない。
デザインナイフの刃は交換式である。しかも結構ひんぱんに交換する。持ち手が健在であれば、同規格の刃が手に入る限り永遠につかうことができる、アンパンマン方式である。数十本がまとめて売られていて、欠けたり、切れ味が落ちたり、サビたりしたら交換する。刃は5枚くらいで一つの小袋に入っており、だいたいピタッと張り付いているから、ピンセットなどでこれを慎重に剥がしてデザインナイフの持ち手に装着する。この新しい刃に換える瞬間というのはいつも清々しく、夜中に換えたとて、新しい朝が来たような気持ちになる。復活した切れ味でパーツに刃を入れるたび、いつも「前の刃で粘らずにもっと早く換えていればよかった」という気になるほど、気持ちよくパーツに刃が入っていく。
ただやはり刃は消耗品だから、愛着というのは持ち手のほうに湧いてくるものである。最近は100均でもデザインナイフが売っているが、できれば持ち手だけでもちょっといいものを買っておいたほうがいい。知らないうちに力を込めてしまっていることは結構あり、安物だとそれに耐えられないことがある。こういったとき、やはりオルファのものを買っておけば間違いないだろう。今使っている持ち手は二代目だけど、ザラザラとした滑り止めの面積が広いものを見つけたから買い替えただけで、別に初代が壊れたわけではない。別にいいものを買ったからといって、それでもケガをすることはあるが、それは読める範囲でのケガであることが多く、安物買いで予測不能のケガをするよりはよっぽどマシであろう。
刃物を扱うとき、適切に恐れることを学んだのはこのニッパーと、とくにデザインナイフのおかげである。デザインナイフでは今でも時々ケガをしてしまうのではあるが、適切に恐れる(畏れる)ことで大事には至っていない。包丁を握るときにもその緊張感というのは共有され、幸い、包丁でもこれまで大したケガをせずに済んでいる。
また、子どもの僕に最初のニッパーを買い与えてくれたのは親であるが、子どもの頃からケガのリスクがある刃物の使用を咎めなかった親には感謝している。この世にはケガをして覚えていくものだってあるのだから、ちょっとぐらいケガしようが、それを巧く使えるようになるための一歩なら、と見守ることも必要なのだろうとおもう。デザインナイフではまさに数え切れないほどケガをしてきたが、それでようやく道具が馴染んでくる。自分の指先の感覚が刃の先にまで伸び、力の込め具合をコントロールできるようになる。削りたいところにピンポイントで当てられるようになる。この時、まさに鷲田清一のいうように、「道具としての物の特性が〈わたし〉のなかに浸透」(『つかふ 使用論ノート』p.33)している。10年も同じ道具と付き合っていれば、もうそれは自分の一部といって差し支えないのである。
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今回の一汁一菜

2026/02/27分
ほぼカニ・大根・油揚げの味噌汁
野沢菜漬け刻み
ほぼカニで作る味噌汁はとにかくうまい。本物のカニ以上……ということはないか。
参考文献
・鷲田清一『つかふ 使用論ノート』







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