ちょうど1年前の僕が、スマホのメモ帳に「自由と不自由」の題で書き付けていた言葉があった。
人は自由から不自由に突っ込んでいくことで自分を確立する
自分らしさはうまく不自由を使える範囲のことか
自由の中から何かを選ぶことは不自由に身を浸すこと
結局自由さとは、自分が不自由になってもいいことを選べること
人は自ら不自由に飛び込むことで「自分らしさ」を確立していくのだ、というようなことを言いたかったのだろう。「この道さえ進めば人生安泰」なんて大きな物語が消失した今、なんでも選べる自由さを謳歌でき、それこそが素晴らしいという言説の裏では、自由すぎて何をしていいのかわからない人々が左見右見しながら、日々をなんとなく生きている。そして、なんとなく「自分らしさ」というものを象徴できるなにかを探して、様々なカルチャーを渉猟している(それが果たして自発的な行為か、といえば疑問ではあるが)。
サルトルは「人々は自由の刑に処されている」なんて言葉を残しているが、実際、人は選択肢が多すぎると選ぶ気が失せる。有名な「ジャムの実験」の例を挙げておこう。
行動科学者のシーナ・アイアンガーと同僚の社会科学者マーク・レパーが行った実験(論文は2000年)によれば、とある高級スーパーマーケットに2ヶ所設けられたジャムの試食コーナーにおいて、かたや6種類のジャムを、もう片方には24種類のジャムを用意して購買行動に違いがみられるかを比べたところ、選択肢の多いほう(24種類のジャム)ではわずか立ち寄った人の3パーセントしかジャムを買わなかったのに対し、選択肢の少ないほう(6種類のジャム)では30パーセントもの人がジャムを買ったという。
あまりに選択肢が多すぎると消費者にとってはそれぞれを差別化することが負担となり、決断を下すのが煩わしくなるのである(『影響力の武器 実践編』)。
その結果生まれたのが、誰かに「正解」を決めてほしたがる人々である。「これが○○(地名が入る)ランチの大正解」とか、「間違いのないお取り寄せ」など、「正解」が蔓延っている(多すぎて結局何が正解かを見失わせていると思えるが)。失敗を許容できない、社会の余裕のなさが現れているのだろう。正解しか選びたくない人々が、インフルエンサーが決める正解に尻尾を振って飛びつくのである。
みんなすっかり自信をなくしてしまった。これがいいと胸を張れば、それをどつきに来る闖入者が現れ、意気を削がれてしまう。SNSによって、みんなすっかりつながりすぎたのだ。
他人の意見が目に、耳に入ることで、自分の選んだものの確からしさが揺るがされるのが嫌なのだろうか。自分はこれを選んでしまったが、あの人はあれを選べている!という羨望、恨めしさ。このような感情を、ボードレールは次のように表現している。
人生とは、病人の一人一人が寝台を変えたいという欲望に取り憑かれている、一個の病院である。或る者はどうせのことなら暖炉の前で苦しみたいものだと望んでいるし、また或る者は窓の側へ行けば良くなるだろうと信じ込んでいる。
私には、現に私がいるのでない他の場所へ行きさえすれば、万事が常にうまく行くだろうというふうに思われる。そしてこの居場所を変えるという問題は、私が私の魂と絶えず議論を交している問題の一つなのだ。『パリの憂愁』「港」ボードレール(著) 福永武彦(訳)
また反対に、あの人はあれを選んだから失敗して、自分はこれを選んだおかげで無事に済んだことを喜ぶ、シャーデンフロイデの感情もあるだろう。自由に選べる中からそれを選んだ「責任」を持ち出して攻撃を始めるのだ。自由に対する「責任」の話をし始めると長くなるので、それはまた今度の機会にとっておこうと思う。
なにかを選ぶとはなにかを選ばないことである。今日の夕食にラーメンを食べるということは、うどんを食べないということでもある(どっちも食べる、という人は知りません)。なにを選んでも不自由がつきまとう。ならば、自分がそれに縛られてもいいと思える不自由さを積極的に選んでいけばいい。そうして僕は一汁一菜にたどり着いたのだ。その不自由さが自分の生き方になっていき今の僕をつくった。
自分が不自由になってもいいものを選べることこそが自由なのである。そして、自分がこれになら跪いてもいいと思える不自由を見つけることができたのは大変な幸運である。
そもそもそんな忠誠を誓えるような不自由を見つけられない人、また桎梏ともいえる別の不自由に縛られていて選ぶ余地のない人もいるのだ。僕は本当に運がよかった。
今回の一汁一菜

2025/12/11分
大根・水菜・油揚げの味噌汁
ゆず大根、椎茸の佃煮、唐揚げ(父親作)
このあたりは父親が唐揚げの試作を繰り返していた時期だったから、食卓にのぼる回数が結構多い。といっても、お裾分けで持っていくことも多いから、うちで食べる個数はそんなに多くはなかった。
参考文献
・ボードレール(著) 福永武彦(訳)『パリの憂愁』岩波文庫
・N・J・ゴールドスタイン、S・マーティン、R・B・チャルディーニ(著) 安藤清志(監訳) 曽根寛樹(訳) 『影響力の武器 実践編 「イエス!を引き出す60の秘訣」』





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