この間、「パンとスープで“進化系”一汁一菜」などという表現を見かけたのだが、これはあまり気に入らない表現である。明治維新このかた欧米より取り入れたものが「先に進んだ」もので、元来日本にあったものは「遅れている」と軽んじてしまう、欧米コンプレックスがこのような発想を生むのだろうか。あるいは、ご飯と味噌汁の一汁一菜でもなんでも構わないが、現状維持しているものはすべからく停滞なのであって、今の世の中に合わせて「進化」させないといけないと思い込んでいるのだろうか。
進化したといわれるものや新しく世に出たものが必ずよいものになるとは限らない。それどころか、失われた30年、高止まりするコメの値段、小さくなるキットカットやカントリーマアムを見て、もはやこの世の中は退化しているのではないかとうっすら思っていたとしても、我々は進化してよりよくなるはずだという夢を追ってしまう。この世の中で、本当に進化しているといえるのは水回りの設備ぐらいだろうか?僕が住む家も25年ほど経って水回りの更新が始まっているが、最新型はさすがに便利だと唸らされる。それでも、元々の設備で用は足りていた。あくまでも扱いやすくなったなという話である。そういう意味では「進化」という言葉すら、少し過ぎたものの言い方になるのではないか。
それでも、「進化」という言葉を使うのはやめられない。食品業界でいえば、とくにラーメンやスイーツは「進化」の最前線にあるといえるだろう。本当によくなっているかどうかはわからなくても、世に新しいもの、更新したものを出すにあたって、あまりにも「進化」というワードは便利に使われている。なぜなら、いちいち説明しなくても、「進化」の二文字を並べるだけで、すっきり説明できたような気になるし、消費者の側もそれですっぱり理解した気になるからである。
吉川浩満の『理不尽な進化』では、そのように我々が進化論的な言葉を便利に使うようになった背景について、我々は進化論的なアイデアを「お守り的」に護持しているからだといった。この「お守り的」という言葉は哲学者・評論家である鶴見俊輔の「言葉のお守り的使用法」から来たものである。
言葉には、主張的な言葉(例えば、証拠に基づいた発言、検算可能な数字など。裁判での発言を思い浮かべるといいかもしれない)と、表現的な言葉(自分の感情を述べたり、相手の感情を引き出す言葉。要するに日常的な「サイコー」とか「好きだ」とか)があるとしたうえで、「ある言葉が実質的には表現的なのに、かたちだけは主張的」ということがありうるとした。そして、そういった言葉を、我々は「お守り」として扱ってきたというのだ。たとえば、選挙の際に各党が唱えるスローガンなどは、まさに「なにか言っているようでなにも言っていないが、それっぽく聞こえる」ので、お守りとしてさかんに唱えられる。
ここで、我々がついつい使ってしまう「進化」とか「適応」とか「競争」とか「強者/弱者」というワードも、まさに、「実質的には表現的なのに、かたちだけは主張的」な言葉だというのだ。要するに、なんの根拠もないことを、進化論的な言葉のガワをかぶせてもっともらしく聞こえるようにしているのだ。
では、なんでそんなことが成立しているのか?吉川は「進化論的世界像がみんなに正統と認められている価値体系」だからだという。そして、それにしたがって行動し、発言することは、自身の社会的、政治的立場を「守って」くれるからだという。あなたが新商品のマーケターだったとして、それを世に送り出すときに、「いや、これは既存のものを上下に貼り付けただけのものであって決して進化したものではないでしょう」なんて言ったらどうなる。いちいち本当のことなんて言わなくてもいい。新しく見えるのなら、「進化系」と言っておけばいい。そうやってヒット商品を世に送り出していけば、あなたの地位も安泰、ないしは「より良く」なっていくだろう。
みんなが共有している考え方であり、その通りに世界が回っていると信じられるほどに、進化論的なワードは我々のものの考え方をハックしてしまった。「進化」したものは無条件によく、「適応」することで世の中と歩調を合わせるどころか一歩抜きん出ようとし、「競争」に勝つことで自らの地位を築く。この強固な世界観を打ち破る物語を我々は作れずにいるどころか、ネオリベラリズムの跋扈でより強化されているといえる。それにどう立ち向かえばいいのか。その橋頭堡として一汁一菜があるのではないだろうか。パンとスープの一汁一菜、それもよかろう。ただし、それは決して「進化」したものではなく、ただ一汁一菜の中に包摂されるものとして。
関連百汁百菜
今回の一汁一菜

2026/01/08分
豚肉・キャベツ・もやしの炒め味噌汁
大根の梅甘酢漬け
もやしの味噌汁が度々物議を醸すが、別によいと思う。さっと炒めて香味が出ていればなおよい。
参考文献
・吉川浩満『理不尽な進化』朝日新聞社(現在はちくま文庫に増補新版あり)





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