Takumi Hasegawa

百汁百菜

0098 そうめんやっぱり揖保乃糸

『サザエさん』を観ていたら「七夕にはそうめんを食べる」といっていた。いその家でも夏はそうめんがしょっちゅう食卓にのぼっているとみえて、子どもたちは「それじゃあいつも通りじゃないか」というようなことを言っていた。その後、「ちらし寿司を食べると...
百汁百菜

0097 猫派なのに猫アレルギーっぽい

Official髭男dismに「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」という曲があるように、犬派と猫派の溝は深い。お菓子の「山」と「里」の争いのごとく根深い対立を抱えており、また、有名なRPGにおいて二人の女性のどちらと結婚するかで真っ二つ...
百汁百菜

0096 読書といえば「小説」なの?

「読書が好き」と言うと、やはり世の人は小説を読んでいるイメージを思い浮かべるのではないか。読書好きの人が読了報告に挙げる本はたいてい小説だし、読書好きが本棚を公開しているのを見ると、やはり小説が多く並んでいるように見受けられる。人文書、哲学...
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0095 僕らは〈世界〉を語らされている

思うに、種々のSNSやnoteといったものは、いかに自分と世間が隔たっていないか、同質のものであるかを確認する装置になっているのではないか。インプレッション数、いいね(スキ)数、リポスト数……あらゆる指標が可視化されて、「あなたの意見は世間...
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0094 伸ばしても届かない手

少し前に友人たちと連れ立って福井県に日帰り旅行に行った。個人的目玉は東尋坊。まさに自然の芸術ともいえる柱状節理の切り立った崖を、なんの柵も網もなく海の間近まで行って見られるとあっては、やはり期待せずにはいられなかった。いざ到着してみれば店も...
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0093 決意は胸に秘めておけ

何か新しいことを始める際、外に向かって高らかに宣言する人を見かけるが、僕は何かを始めようとするとき、決意は表に出さず胸に秘めたままの不言実行がよいと考えている。前回(0092)で「YouTubeはやりません」と言ったくせになんだと言われるか...
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0092 YouTubeはやりません

誰にも期待されていないのは承知で言うけれど、YouTubeはやりません。理由は簡単。やる気がないから。ブロガーがスケールしようと思うとやっぱりYouTubeへと移行していくのがお決まりなのだろうけど、僕はスケールしようとおもっていないので、...
百汁百菜

0091 エッセイの盛り具合について

あるエッセイストの本をはじめて読んだ時には「いずれはこんな馥郁ふくいくたる香気をまとった文章を書けるようになりたいものだ」と憧れたものの、少し間をおいて再び開いてみると、なんとも文章がくどくどしくおもえて、読んでいられなかったことがある。 ...
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0090 Born in 1995 震災とオウムのあとに生まれて

1995年は人々の心胆を寒からしめる事件が次々におこった年であった。1月の阪神・淡路大震災、3月の地下鉄サリン事件。人々の身体と心、そして街にも深い傷跡が残る事件であった。 1995年は現代日本の重要な分岐点と目されている年でもあり、皆が夢...
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0089 ミニマリストは現代の覚者か?

目覚めた人間は、たいてい捨てるか集めるかのどちらかに走る。前者でいえば、とにかく身近なものを手放していく。目に入るだけでも思考のノイズになると徹底的にモノを減らして、生きていくのに最低限のモノだけを選び取ろうとする。一方後者は、ウイスキーに...
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