
せいろを取り入れた生活が「丁寧な暮らし」のシンボルかのように取り上げられている昨今だが、僕はせいろほど雑……というかおおらかな調理器具はないと思っているので、あまり納得感はない。レンジでチンするだけと比べれば、たしかに丁寧かもしれないが、レンジでチンしすぎると水分が飛んで食材がみすぼらしくなってしまうおそれがあるなか、お湯さえ切らさなければ、多少蒸し過ぎてもどうにかなるせいろ蒸しは大変に雑……おおらかな気持ちで取り掛かることができる。
手入れに関しても、水で洗って、干す。ただそれだけで済む。洗剤を使ってはいけないという禁止事項のおかげで、かえって雑……おおらかに扱うことが許されているような気がする。
これだけ雑……おおらかに扱ってもいい調理器具なのに、「丁寧な暮らし」のシンボル扱いされているのは、電子レンジという、大抵どの家にもあって、汎用性があまりにも高すぎる機器があるにも関わらず、「わざわざ」用意するのがせいろであるから、若干の揶揄を込めて「丁寧」なんて言われているのかもしれない。確かに「わざわざ」持ち出すものだが、その働きの割には雑に扱える、その丁寧さと雑さの同居感がせいろの魅力なのかもしれない。

無印良品がせいろを扱い出したのを知ったのはけっこう前だったが、無印良品週間を狙って買ったので、実際に導入したのは去年(2025年)の11月あたりである。これまで折りたたみ式の蒸しザルしかなかった我が家では蒸し料理のハードルというか、できるものとできないものがはっきりしていて、あまり積極的ではなかったのだが、せいろの導入で随分とフットワークが軽くなったものである。
これまではとにかくレンジでチンしていたものをせいろに放り込むようになった。なによりも輝くのはやはり点心を温めるときで、せいろのフタを開けた時の感興と歓声はお安めのチルド品でも立派なごちそうになる。
雑に切った野菜と肉でも、せいろにいい感じに並べて蒸してしまえばこれもごちそうになる。炒め物や煮物では野菜の大きさが不揃いだと露骨に影響が出るが、せいろ蒸しでは多少蒸しすぎたと思っても大して影響がないからホイホイ放り込んでいく。
こうして、なんでもないと思えるものがごちそうに変わる魔法がせいろには秘められているのだが、それは調理法の影響もさることながら、やはりせいろの存在そのものによって、もたらされている。これだけの働きをこなしながら、手入れは水で洗って干すだけでいいという、見返りを求めない滅私の精神をせいろに感じ取るのもまた惹かれる原因なのかもしれない。
せいろをわざわざ持ち出すこと自体は丁寧といってもいいかもしれないが、少々雑でも受け止めてくれる包容力がせいろにはあるから、雑……おおらかに暮らしたいのなら一個持っておくといいと思う。今ではイオンも取り扱いをはじめているし、なんならこっちのほうがちょっと安いかもしれない。
今回の一汁一菜

2026/01/12分
牛焼肉チャーハン
トマト・しめじ・ネギの味噌汁
年に1度の家焼肉で余った肉を、余った焼き肉のタレと共にチャーハンに。合わせるのは目についた食材でサッと作れる味噌汁。ガツガツ一気にかきこんでしまいがちなチャーハンのスピードを緩める役割を持つ。



コメント