子ども向けの本?とあなどっていてはいけない。子どもに向けた平易な語り口でものを敷衍するというのは存外に難しい。大人どうしならば、常識や暗黙の了解、「読者への信頼」なんて言い訳も立つから、ジャーゴンを用いたり、本当は細かいところまで知らないことでも、それっぽい修辞で茶を濁すことができる。でも、子ども相手にはそういうごまかしが効かないのだ。
それに、ただ単に敷衍するだけではいけない。試しに「敷衍」を敷衍してみて示してみようとおもう。
「敷衍」とは、のべひろげること、おしひろげることを指し、物事を、わかりやすい表現で例をあげるなどして詳しく説明することをいうときにも使われる。
さて、「敷衍」の二文字で済んだ言葉を、敷衍してみるとこんなにも文字数が増えてしまった。子ども向けの本はこういう「表現をひらく」作業と同時に、「表現をひらく」ことで増えてしまった文字数を子どもたちにそのままぶつけるわけにはいかないから、ときには鋭い編集の大ナタが振るわれている。子ども向けの本は、大人向けだとダラダラと書いてしまいそうなこともスパッと切ってあって、簡にして要を得ることができ、洗練されているといえるだろう。
だから、子ども向けの本だからといって、決してあなどれないのである。世の中を知るにあたっても、余計な修辞にまみれた、数多くある「入門書」の類よりも、よほど入門向けかもしれない。でも大人がそんな本を手に取るのは恥ずかしい?でも、「こども本の森」ならば、そもそも子ども向けの本が多くを占めているから、それを手に取るなんてまったく恥ずかしいことではないだろう。むしろ、子ども向けの本の芯を食った表現が、大人の荒んで、素直にものを見れなくなった心に突き刺さってくる。
心理学者の河合隼雄は物語の研究でも高名であったが、児童文学のとりわけファンタジー作品について、人間の内界に深く迫るところがあるとして評価している。やや長いが引用する。
児童文学における「ふしぎな世界」の極めつきは、本格ファンタジーの世界ではなかろうか。その世界は、少なくとも、この地球上に存在しないことが最初から前提として語られる。(中略)そんな「絵そらごと」、「子どもだまし」とも言えることに、われわれはどうして惹きつけられるのか。おそらく、『ゲド戦記』は、わが国の大人も子どももずいぶん多くの人が読んで感動したに違いない。これは、ファンタジーが最初から、外界との直接的かかわりを否定してかかるために、かえってそれが人間の内界に深くかかわる方向へむかう、とも言えるからであろう。
大人になると、どうしてもお金もうけや、地位の獲得、などなど外界のことに忙しくなって内界のことを忘れがちになる。その結果、いろいろな多くのものを手に入れながら、極めて貧しい生活、乾いた生活をすることになってしまう。その点、子どもの心は柔軟なので内界の方にも十分に注目することができる。したがって、ファンタジーの世界を受けいれることが十分に可能である。河合隼雄『物語とふしぎ』 p.171〜172
「こども本の森」にゆけば、子どもたちにはやや遠慮すべきだろう(なんといっても、主役は子どもたちなのだから)が、大人もこころゆくまで本を堪能することができる。現在、中之島(大阪)、遠野(岩手)、神戸(兵庫)、熊本、松山(愛媛)にあり、そして船上図書館ともいえるほんのもり号が香川県に寄贈され、瀬戸内海を駆け回っている。
建築家の安藤忠雄が建物を寄付し、本は寄贈を募る形で各地に展開されている「こども本の森」。土日祝は予約が必要だが、平日は誰でも、いつでも入ることができる。借りることはできないから基本的に館内で読むことになるが、晴れの日は外に一冊持ち出して読むことができる施設もある。検索機がなく、自分の足で本を探さないといけないが、それこそ「これだ」という一冊に出会えたときの感動はひとしおである。
この「こども本の森」のうち、神戸にこの間行ってきた。もともとANDO建築に興味があり、神戸の北野にある安藤忠雄設計の建物を巡る小旅行を敢行したほどである。その安藤忠雄が設計だけでなく、その建物を寄付までしているというから驚きだ。その活動はたびたび雑誌にも取り上げられていたから、ずっと行きたいとおもっていた。ようやく都合のつく日があったので、生憎の雨だったが、訪問してきた。


ANDO建築は写真で見るよりも、実際に身体をその中に置いてみてこそ価値がわかるとずっとおもっているのだが、「こども本の森 神戸」も例に漏れず、実際に歩いて冒険することで、本の世界を自ら切り拓いているような気分になる。安藤忠雄は雑誌『Casa BRUTUS』に寄せた文章で「こども本の森」について次のように語っている。
〈こども本の森〉のそれは、「知」というよりも、「可能性」「希望」の象徴としての「本の壁」ですね。子どもらにとって、本棚の間に広がる空間は、日常から解き放たれた探検の場です。そこで偶然に出会った一冊を手に取り、ページをめくった先に広がっていく世界。その出会いと発見の感動が、子どもたちの心を今いる場所から外へと連れ出してくれるのではないか、新しい扉を開いてくれるのではないかと期待するのです。
『Casa BRUTUS』No.299 2025年3月号 p.043 マガジンハウス
僕もこの歳ではあるが、偶然に出会った一冊を深く読み耽ってしまった。『モモ』がまさにそれである。座った席のすぐ手に取れるところにあり、前から気になっていた一冊だったので、半分ほど、一気に読んでしまった。また『モモ』については触れる機会もあるだろう。
その後も色々みてまわって、3時間半ほど滞在した。さすがに集中力が保たなくなってしまい、外に出たが、本当に一日中過ごせるような場所になっているとおもう。


「こども本の森 神戸」の見どころはやはり、建物を縦に貫く、『休憩室』である。教会のような荘厳な空間には、天窓から光が降り注ぎ、またチャーチチェア、要するに教会に置かれているようなイスであるが、それがまた雰囲気を醸しだす。チャーチチェアの背もたれの奥には週替わりで一冊の本がそれぞれにイスに配置されており、その一冊との“出会い”も楽しむことができる。

メインターゲットはあくまで子どもだが、最初にも言ったように、子ども向けの本だからといって、決してあなどれない。大人こそ本を手に取って、純粋に物語の中に入っていく、また全身をつかって本の森に分け入ってみるという経験が必要なのではないか。むろん、ANDO建築を見にいき、体験するというのもよいだろう。僕が行った日の大人の来館者は本を読むというよりもその空間を楽しんでいる、という趣が強かったようにもおもえる。まあ、楽しみは人それぞれってことで。
DATA
こども本の森 神戸(https://kodomohonnomori-kobe.jp/)
〒650-0001
兵庫県神戸市中央区加納町6丁目1-1
開館時間:9:30-17:00 / 休館日:月曜(祝日の場合は開館、翌平日が休館)
今回の一汁一菜

2026/01/21分
小松菜・にんじん・油揚げの味噌汁
豆腐と自家製なめ茸
大根の梅甘酢漬け
なめ茸は「白ごはん.com」のレシピを1年半以上、ずっとリピートしている。
参考文献
・河合隼雄『物語とふしぎ』岩波書店(現在は岩波現代文庫版あり)
・『Casa BRUTUS』No.299 2025年3月号 マガジンハウス





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