ここ最近、カレールー大手がこぞって「ルーを使ってお手軽にスパイスカレーが作れますよ」みたいなことを徐々に言い始めた。
ちょ待てよ!(キム〇ク)
「スパイスカレー」という言葉の意味、今ではかなり広い意味に捉えられているが、元々は水野仁輔さんが本を出す(「かんたん、本格!スパイスカレー」,2010年)にあたり、ルーを使わずにスパイスを調合して作ることを前面に出すために「スパイスカレー」としたことが始まりだったはず。
この本から、「スパイスカレー」という言葉が一般的になりはじめ、以前から存在していた、ルーを使わずにスパイスから作ったカレーもここにカテゴライズされるようになる。
参考サイト:21冊目/かんたん 本格! スパイスカレー – カレー計画 水野仁輔によるカレー活動のすべて(水野仁輔さんのサイト)
URL:https://www.curry-book.com/archives/21%e5%86%8a%e7%9b%ae%ef%bc%8f%e3%81%8b%e3%82%93%e3%81%9f%e3%82%93%e3%80%80%e6%9c%ac%e6%a0%bc%ef%bc%81%e3%80%80%e3%82%b9%e3%83%91%e3%82%a4%e3%82%b9%e3%82%ab%e3%83%ac%e3%83%bc
今やインドや、スリランカ、ネパール、パキスタン、タイなど、各地で作られる伝統的な料理のうち、日本人にとって「カレー」に見えるものは、「スパイスから作っている」ということで、「スパイスカレー」というカテゴリでひとくくりにされがち。
私はこれらをきっちり区別したい側の人間だがら、自分でカレーを作ったときに「~のスパイスカレー」と名前を付けることは避けている。鶏が入ってるなら「チキンカレー」だし、スリランカカレーのつもりで作っているのにわざわざ「スパイスカレー」とは名付けない。
と、私のどうでもいい信念は置いておいて、人間という生き物は物事を理解するとき、近似しているものなら一緒くたのカテゴリにぼーんと放り込んでしまうきらいがある。
これはなんといっても脳のエネルギーを節約するためである。
スマホをなんでも「アイフォン」と呼んだり、ポケモンをなんでも「ピカチュウ(あえての“ピカチュー”?)」と言ったり、最終的には全部「アレ」になる。
そんなおじいちゃんおばあちゃんみたいな……と思うけれど、我々の脳ではみんな同じようなことが起きている。
興味のあることには詳しくて、それぞれ個別の違いが分かるけど、ちょっと知らない領域だと、似ているものは全部同じに見えてくるアレですよ。
iPhoneも12からは全部同じに見えるように。詳しい人からすれば「全部違うよ」となる。
また、スパイスの匂いを嗅いでもらっても、詳しくない人からすれば、クミンもコリアンダーもカルダモンも全部「カレーの匂い」。
ただ、一緒くたにすることも悪いことばかりではない。
それぞれのカレーの長所が混ざり、新しい美味しさを発見できるからである。
大阪のスパイスカレー店は特にその傾向が顕著だと思う。
もはやどこの国の料理に根差したカレーか分からなくなるほどのカオスがある。強いて言うなら、もうそれは“日本”に根差したものか。
そうしたカレーも包み込んでしまうのが「スパイスカレー」というカテゴリ。
それがあるから、なんだかよく分からないものでも、「食べてみよう」と思うわけである。
そんな、なんでも包み込みかねない「スパイスカレー」カテゴリにルーのカレーが殴り込みをかけてきた。
ここで、スパイスカレーの名前の始まりを思い出してほしい。
ルーのカレーとは違うというのを分かりやすくするために、スパイスを調合して作ることを強調して、「スパイスカレー」と言ったはず。「頭痛が痛い」的な重言を呑み込まないといけない葛藤があったのは想像に難くない。
なのに、「ルーを使ってお手軽スパイスカレー」とはこれ如何に。
これはもう、「木を使って銅像を建てる」みたいなものである(違うか)。
あるいは、「ボディはジムだけど、顔だけガンダムにしました」みたいなもの(誰に伝わるねん)。
ルーで作ったカレーは現状、ルーカレーの味から抜け出せていない。実際に「ルーでお手軽スパイスカレー」を謳うカレールーで作ったカレーを食べたが、やっぱり「ルーで作ったカレー」の味。「スパイスカレー」ではない。
「~風カレー」というのは世間によくある。「麻婆豆腐“風”カレー」とかである。自分でもそういう他の料理のエッセンスを入れたカレーをよく作るが、とうとう「スパイスカレー風カレー」というところまで来てしまった。どえらいスパイスの玉突き事故である。
「ルーを使わない」が最後の防波堤だったはずなのに、資本がそれをぶち壊そうとしている。
ルーのカレーに対するカウンター的存在だったものを、今、カレールー大手は吞み込もうとしている。
もう、カレールーをスパイスカレーブームの文脈に乗せて売りたいという思惑がスケスケ。既に全国津々浦々、熱心なルーカレー党支持者に支えられて盤石な支持基盤があるというのに、スパイスカレーの領域を侵してまで売ろうというのか!それぐらい、無視できない市場になったということか。
私個人としてはこれにかなり否定的な立場だが、時代の流れによって「カレー」の再統合が進んでいる、ということは意識せざるを得ない。
ここで最終防衛ラインを必死に守るべく抵抗を続けるのか、もう一旦受け入れてしまって、自分の中でだけ分別をつけておくのか……時代に取り残されるか受け入れて前に進むかどうかが試されている。
この流れを見て、私はもう「スパイスカレー」というカテゴリは陳腐化していると感じた。だからこういうことが起きる。
なので、既存の「スパイスカレー」、特に日本各地で融合、進化が進むカレーに対しては新しい言葉を与えるべきかもしれない。でも名前をつけると広告屋が好き勝手使うし……ならば、とりあえず今は特定の言葉はないほうがいいかもしれない。それぞれが名乗る感じで。
そして、「スパイスカレー」というカテゴリは、ルーの有無問わず、「スパイスの香りが活かされたカレー」を指すような語として道を明け渡すときが来たのかもしれない。
ちょうど、コーヒーでいえば、「スペシャルティコーヒー」のような。
そんな過渡期に、今あるのではないか。
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