ロクに買いもしないのに、雑貨店でぶらぶら物色するのは好きである。行くなら個人経営の雑貨店がいい。都会から離れた場所にあることが多く、ゆっくり時間が流れる空間に身を浸すことができる。ただ、すでに家がモノに溢れているから、よっぽど気に入らない限り買わないし、買えない。なにせ「雑貨」なのだから、生活に必要なものじゃなくて、豊かさを上乗せするものなのであって……。こんなことを考えているぐらいだから、あんまりいい客じゃないけど、なんとなくそこにいるだけで楽しくなってくるし、いいモノに出会って手に取ると、自分とモノの境界が一瞬わからなくなるような体験をすることもある。世の珍品、ハンドメイド作家の服や小物から、陶芸家の作品までいろいろ、効率性に回収されないようなものには強い親しみをおぼえる。ハンズやロフトなどの都心型雑貨店もワクワクはするけど、ワクワクするだけで終わってしまうような感じがする。「みんながみんな好きなモノ」が集まる場所だからこそ、強烈に惹かれるものがないという感じがする。
その点、個人経営の雑貨店でピタリと合うものを見つけたときの喜びといったらない。そして、合わないときはとことん合わない。ドクターペッパーの好みのようにハッキリ分かれる(僕はドクターペッパーは好きです)。合うお店だったらば、端から端まで買いたくなるほどしっくりくるときもあって、しかし財布にも場所にも限界があるから買うモノを厳選することになり、いつも退店するときは後ろ髪を引かれるような思いになる。
合わないお店だったときはそのまま出ていけばいいのだが、若干家から遠かったりして、「せっかく来たのだから……」という思いで何か買うモノをひねりだすことも一昔前はあった。だが、そんな買い方では、そこで買ったモノに格別の意識を振り向けることはないのだから、心の中でごめんなさいといってスッパリ出てきたほうがいいようにおもえる。
あと、気にしちゃいけないのはやっぱり値段である。雑貨店で店主手ずから買い付けたモノと、大量生産大量消費前提で作られたモノを同じメガネをかけて見ていてはいけない。のだが、いかんせん僕は大して金を持っていないので、どうしても見るだけで終わってしまったりする。果てのない物欲に抑制をかけてくれるからこれでいいともおもっている。

個人経営の雑貨店で本(新品・古本問わず)を売っている場合があるが、これにはやはり注目してしまう。一般の書店ではほぼ取り扱いがない本に出くわして、ニッチを攻めた出版社がまだまだあるのかと知ることもあるし、一般書店にあったとしても大量の本に埋もれている場合もあって目立たなかった本が、店主に選ばれることによって急に存在感を帯びてくるようなこともある。雑貨を見るよりも本棚を見た方が、よりダイレクトに店主の考えが伝わってくる感じがして、しげしげと眺めてしまう。柳田國男、折口信夫、柳宗悦、九鬼周造、稲垣足穂、松岡正剛なんかが並んでいたらもうこの雑貨店は信用可能である。このような場所で出会う本は一期一会の場合が多いから、これだと決めたらさっさと買ったほうがいい。これだけは惜しまないようにしたいし、惜しまないでいられるよう、もうちょっとちゃんと働いたほうがいいのかもしれないな。
関連百汁百菜
今回の一汁一菜

2026/02/19分
ちくわ・にんじん・白菜の味噌汁
野沢菜の漬物刻み
ゆず椎茸の佃煮
修学旅行が信州だったが、そのとき以来、野沢菜が好物である。





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