0072 着いたら帰りたくなる病

百汁百菜

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 自分で出かけておきながら、目的地に着いたとたん、「ああ、帰りたい」とおもうことがある。誰かと連れ立って旅に出たときよりも、一人で出かけたときにこれは起きがちである。一人ならば着いたとたんに帰ったとしてもなんら問題はなく、それが「帰りたい」欲をムラムラっと掻き立てるのかもしれない。
 だいたいは、ここまで来て、また帰らないといけないのかというめんどくささがこれを引き起こす。泊まりならば明日の自分に期待できる……と思いきや、それでもやっぱりこれは起こる。直近で一人で出かけた中の一番遠いところは、横浜・東京の2泊3日旅行であったが、そのときも、最初に新横浜駅に着いたとたん、「なんでここまで来てしまったんやろ」とおもってしまった。自分で決めたことなのに。
 僕はそもそも出不精で、畑、庭の世話がなければ本当に玄関から出ずに一日を過ごすことがあるくらいなのだが、それでもまったく苦にならないほど、家の中の趣味が充実している。とはいえ、たまには外出したいとおもって、ちょっくら距離のあるところまで出かけてみれば、すぐ「帰りたい」である。もはやこれは病だ。

 家の居心地をよくしすぎた、というのはある。家に帰れば、家にいれば、僕にとって必要なものはたいてい揃ってしまっている。パソコンあり、本あり、ゲームあり。プラモデルもわんさか積まれていて、老眼になる前にさっさと組んでしまわないといけないほど山ができている。スマホでは僕の欲は満たされず、旅行中でも調べ物、ポケモンGO以外ではほとんど触らない。スマホで全部解決するなら旅行中もずっと快適だろうが、僕はそうではない。やっぱり家にいるのが一番いい。

 だからといって、「帰りたい」病が出て本当に帰ったことがあるかといえば、もちろんそんなことはなく、観光なり、飯を食ったり、喫茶・カフェで一服したり、やることはやってから帰る。本当に目的地に着いたその瞬間だけ、「ああ、帰りたい」という思いが湧き上がってくるのだ。これからやることをやって、その上で帰らないといけないという思いが「帰りたい」病を引き起こす。でも結局、「ここまで来たのだから」という思いがそれを上回って、僕の歩みを観光へ向かわせる。その最初の一歩さえ踏み出せれば、そのあとはなんら問題なくお出かけを楽しむことができるのではあるが、目的地到着後に、ほんのわずかなつまずきがあるのがどうも気に掛かる。なんの躊躇いも懸念も障害もなく、最初から最後まで心から楽しみきる一人での旅行というのを、僕は経験したことがない。

 僕は僕自身に、旅行ではしゃぎすぎないようにと、知らずのうちに咎めているのかもしれない。目的地に着いたとたんに、一旦躓かせておくことで、帰りのことも考慮した旅程にするよう、注意を促しているのかもしれない。家を出る瞬間に躓かせずに、目的地に着いてから躓かせるのは、一見意地悪なようで、たいへん心遣いが行き届いている。家を出る瞬間に躓いていればそもそも旅行が成立しないからである。
 一旦躓いておくことで、その後の楽しみが増すというのはあるだろう。毎度微妙にマイナスからスタートする旅なのだから、相対的に旅先での体験がより楽しいもののように感じられているのかもしれないし、あとはもう上がっていくしかないのである。「なんでここまで来てしまったんやろ」は、より強く「ここまで来てしまったんだから」に反転し、僕自身を旅先への経験へと投げ込んでいくよう動機づけてくれる。あとはもう一瀉千里で、帰りまでにやれることをズンズンやって帰るだけ。そう、目的地到着後のほんの少しの躓きがあるだけで、あとはだいたいスムーズにことが進んでいるのだ。
 これを自覚した今、また「帰りたい」病が発動するのかどうかはわからない。カラクリを知ってしまえば、もう効力がなくなってしまうかもしれない。でも、やっぱり家に帰りたい欲というのはどうしたって湧いてくるものだから、多分出てくるだろう。そうしてまた躓いて、なんだかんだ言いつつ楽しんで帰ってくるのだろう。

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