0055 「生きるために〈それ〉を切る」

百汁百菜

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「コノミ、今日も食べないのかい」
「うん、わたしいいの」
「でも、食べないと大きくなれないよ」
「わかってる。でも……」
 コノミとお父さんの住まう国では、毎日〈それ〉を切って食べて暮らしています。
毎日伸びる〈それ〉はみんなの大事な栄養源。人々は〈それ〉にご飯をあげたり、虫をはらったりするなど、お世話をしながら暮らしています。ですが、コノミはあるときから〈それ〉を食べるのがいやだと言い始めたのです。

「ねえお父さん、お父さんは〈それ〉が“痛い”って言ってるの、聞こえないの?」
「ううん。ぼくはぜんぜん聞こえないなあ」
「切らずにすますことはできないの?」
「それは無理だよ。〈それ〉を食べるのをやめるわけにはいかないんだ。お隣さんを見てごらんよ、突然〈それ〉を食べるのをやめるって言い出してから、ずっとイライラしていて、とても近づけやしないんだ。コノミもこの間、お隣さんが裏のおばさんと揉めていたのを見ただろう」
「お隣さんが〈それ〉を切らなくなった分、裏のおばさんが余分に〈それ〉を切って食べてたんだっけ。それは本当にひどいよ」
 お父さんはこのとき言いませんでしたが、〈それ〉は放っておくと伸びすぎてしまい、人の手に負えなくなってしまうのです。ときには伸びすぎた〈それ〉が倒れて亡くなってしまった人もいるといいます。なので、毎日〈それ〉を切らないといけないのです。誰か〈それ〉を食べない人がいたとしても、やはりその分〈それ〉を切る必要があるのです。

「〈それ〉にあげるご飯、最近変わったの?」
「ああ、そうなんだ。〈それ〉の研究がすすんで、より一日に伸ばせる量が長くなるような、新しいご飯が開発されたんだ」
「〈それ〉をもっと伸ばして、お父さんはもっとお腹いっぱい食べたいってこと?」
「そりゃあ、お腹いっぱい食べられることは幸せだからね。コノミもこれからどんどん大きくなるんだ。〈それ〉はまだまだいっぱい欲しいな」
「やめてよ、お父さん。わたしいらないって言ってるの!」
「こら、コノミ。いつになったらわかるんだ。いいかげん〈それ〉を食べなさい」
「ほかにも食べるものはあるからいいの!〈それ〉に頼らなくたって、もっとみんなにやさしいはずの食べ物があるんだから!」
「でも、コノミ、あれではお腹がいっぱいにならないし、うちの家計ではあれを買うのはむずかしいんだよ」
 〈それ〉が一日に伸びる量が増える新しいご飯は、これまでのご飯よりもけっこう高かったのですが、それでも一日に伸びる量が増えるのならと、瞬く間に国じゅうに広がり、みんなこぞって〈それ〉に与えはじめました。ですが、そのうちみんなは伸びる量が増えた〈それ〉を食べきれなくなり、余ったぶんを捨ててしまうようになりました。よそに運んで売ろうにも、鮮度が一日のうちに落ちてしまうのでそれはできません。そこで人々は、〈それ〉の鮮度を保ったまま、外に運んでいける技術を生み出そうと、研究をはじめました。

「お父さんなにしてるの!」
「ああ、もううちの〈それ〉は必要ないからね。根っこから切っちゃおうと思って」
「外からくる〈それ〉のほうが、安いしおいしいから?」
「そうだよ。もううちで〈それ〉の面倒をみることもないんだ」
「それはダメ」
「どうしてだいコノミ。これまでずっと、切るのも食べるのもいやがっていたじゃないか。でも、これでもうおしまいなんだ。もうぼくらが〈それ〉を切らないですむ。コノミもそのほうがいいだろう」
 コノミやお父さんの住まう国は、〈それ〉の鮮度を保ったまま、外に持ち出す技術を無事に開発しました。そしてまわりの国にそれを売り始めたのですが、そのうちの国のひとつが、〈それ〉をいたく気にいり、「うちでも育てられないか」といいはじめたのです。そして、その国でも〈それ〉を育てはじめたのですが、コノミやお父さんの住まう国よりも土地に合っているのか、もっとずっと、大きく、おいしく育つことがわかりました。その国の人々は熱心に〈それ〉を育て、研究開発を重ね、コノミやお父さんの住まう国をしのぐ、〈それ〉の輸出国となったのです。

「お父さん、〈それ〉を切るのはやめて」
「いや、でもね……」
「わたしが切るの」
 すると、コノミは〈それ〉を家族で食べる一日分、切り出しました。

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