猛暑が続く日々も終わり、風が吹けばすっかり秋の匂いをたっぷりと含んだ涼しさを感じるこの頃、ナスとピーマンは収穫の最盛期を迎えている。
7〜8月頃はあまりの暑さに実が焼けてしまったり、水切れ気味になってしまって勢いを欠いていたこれらの野菜たちだが、落ち着いた気温の中では張り切って実をつけるようになった。とくにナスは8月に更新剪定を入れておいたことによりすっかりリフレッシュ。真っ新な葉とツヤツヤの実が生い茂っている。
もう十分収穫したかな、と思ってピーマンの葉を掻き分けるとまだまだ実が残っていたときの喜びや、この時期のたわわに実ったナスの重みをその手に受け止める喜びといったら、こたえられないものがある。
そうしてみるみるうちにカゴは実のなる野菜でいっぱいになり、バジルやモロヘイヤといった葉物系を切って載せれば決壊寸前。一度では持ち帰れないので家と畑を往復することだってある。
収穫作業はやはりたのしい。自分がかけてきた手間に野菜が応えてくれたことを確かめられるからである。そしてここで採ったものが明日の僕たちの身体をつくっていくものになる。この手の中にある野菜があれば、また明日も生きていけそうな気になる。
しかし、いかんせんこの時期は実の数が多いのに加え、採り逃しがないかを確かめながら摘んでいくのはなかなか骨が折れる。ナスは収穫と共に剪定も行っていくから、ただ採るだけというわけにはいかない。長さ10mの畝がひとつぶんでも大変な思いをするのだから、いったい農家さんの苦労はいかほどか、測り知れないものがある。
野菜を育てる過程において、水をやり、肥料をやり、虫を除いて剪定するといった作業を行っているうちは、その作業が大変であっても正直気は楽なものである。というのも、収穫したものをどうするかということを一切考えないでいられるからである。育成段階では、ただ目の前にあるタスクをこなすだけでよいのだ。
しかし、そこに収穫が伴ってくると、その野菜たちをどうするかということを考えないといけなくなる。すぐに食べ切ってしまうほどの量ならば、別にどうということはない。しかし、食べきれないほどの量を抱えてしまう、ちょうど今のような時期はどうすればいいのか悩んでしまう。もちろんみんなで分けている。それでもまだ消費量を超えてくるのだ。
なんとも贅沢すぎる悩みではないか。いや、こんなもの悩みのうちには入らない。悩みというのも烏滸がましい。ただ多すぎる選択肢と、カゴに溢れんばかりの野菜を前に気後れしているだけである。

ナスやピーマンは採ってきた実を洗っておけばそれで済むが、モロヘイヤやバジルといった葉を食べる野菜やハーブは、採ってきたその日のうちに茎から葉を取ってしまい洗っておくといった作業が必要になる。畑が遠く、一度の収穫で1週間分ぐらいを採ってくるから、葉をちぎるだけといってもなかなか時間を食う。
野菜の育成段階ではこんなこと考えなくてもよかったのだ。ただ成長する野菜を見ていればそれでよかった。しかし収穫となれば話は変わる。ただ収穫したからといってそこで終わりではない。わざわざ畑に野菜の苗を植えてそれらを育てたという責任を取る必要があり、責任を取る——胃袋に収める——ためには踏まねばならないステップがある。そして、僕はそれを前にして気後れしてしまっている。

一汁一菜は「手の込んだ料理でなければならない」という枷から解き放ってくれる食事形態の思想である。そして僕はそれに身を預けてここ2年ほど生活してきた。もちろん一汁一菜の生活をやめるつもりはないけれど、もうちょっと料理をちゃんとするようになったほうがいいのかもしれない。
野菜がなかなか減らないのは味噌汁だけで食事を済ませようとしてしまっているからで、もうちょっとおかずを作ったほうがいいのかもしれない。採れたての野菜は「手の込んだ料理」にしなくてもただ焼くだけで美味しいものだ。野菜が萎びてきて焦ってカレーにするよりは、都度都度新鮮なうちに気軽な料理にして食べていったほうがいいに決まっている。
まあ、これだけ採れるのは今のうちだけで、11月にもなれば店じまいとなり、それからしばらく冬の間は白菜にキャベツ、そして大根が大きくなるのをただ待つことしかできなくなる。溢れるほどの野菜を抱えていられる季節なんてほんの束の間なのだから、野菜をどう食べようか悩むより前に手を動かして料理してしまったほうがいい。
まったく、食べるのに困らないでいられるというだけで十分であり贅沢といっていいほどなのに、それが満たされていると余計なことを考え始めるのは悪癖である。マズローの欲求段階説のように食べるものや身の安全に恵まれると、より上位の欲求が生じてくるという話がある。上位に行けばいくほど社会的な成功を希求するようになり、生身の肉体から発せられる欲求からはますます遠ざかってゆく。生身を離れて大きくなろうとするから人々はぶつかり合う。僕はそうならないように、生身の範囲にとどまっていたいとおもっている。そのために畑がある。
関連百汁百菜
今回の一汁一菜


2026/06/29分(上)
ひらたけ・ミニトマト・油揚げの味噌汁
レタス・ベーコン・玉子の炒め物
2026/06/30分(下)
トマト・わかめ・油揚げの味噌汁
ししとう炒めご飯








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