0062 そういえば、ふりかけ食べてない

百汁百菜

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 一汁一菜生活の中にあっても、なかなか食卓にのぼってこないのが「ふりかけ」である。ここでいうふりかけとは、海苔やおかか、ゴマ、そして玉子、鮭、わかめなどを乾燥させたご飯がススム、あれのことである。また自家製ではなく、買ってきたものの話をしたいのだ。自家製の、だしがらの鰹節や昆布を元に作った、しっとり系の「ふりかけ」なら何度か食べているが、あれはちょっと市販の乾燥タイプのものとは性質が異なる。ふりかけよりもおかずの一種感がどうしてもあるようにおもう。僕がこれから話したいのは、白飯をとにかく喰らうことに特化した、あの市販の乾燥タイプのふりかけの話である。

自家製のだしがらふりかけの例。佃煮感があって、ふりかけというよりおかずのような気分。

 別にふりかけが嫌いなわけでなく、幼い頃は「緑黄野菜」なり「のりたま」には幾度となくお世話になったし、中学・高校の弁当でも、しばしば小袋のふりかけをつけてもらっていた。大人になった今、わざわざ食べないというだけである。ちなみに、ご飯には味はあると思っているが、それだけを食べ続けるのは無理なたちであって、ご飯の供にはおかずや漬物、汁物を要する。それがないとやっぱりふりかけは欲しいとおもう。

 今僕がふりかけを食べないのは、なんといってもおかずと、味噌汁で十分にご飯を食べられているからである。特に、味噌汁でご飯を食べているというのは大きく、おかずを兼ねるように具材は多めで、またそれに合わせて若干味噌の量も多いかもしれない。こうなれば味噌汁ですっかりご飯を食べることができる。ここにふりかけがあると、過剰なのである。また、おかずを食べた後にふりかけご飯に行くことは、僕はできない。口の中の味が煩雑になりすぎるのを僕は好まない。十分ご飯を食べられるぐらいの味があるおかずに、ふりかけの味が追ってくる、というのは避けたいのである。僕にとってふりかけとは、米飯を食う機能に特化しすぎて、おかずや汁との和(または輪)を乱す存在におもえてしまっているのだ。

 インドやスリランカにもふりかけはある。インド(とくに南インド)では煎った豆とスパイスを粉状に混ぜ合わせた「ポディ」というものがあり、スリランカでは、「ポル・サンボル」という、削ったココナッツに玉ねぎやニンニク、そして唐辛子をたっぷり混ぜ合わせたふりかけ的存在がある。これらのふりかけは、単独で飯を食わせることもできるが、他のおかず、カレーと合わせても和を乱すどころか、より旨さを増幅していくようなはたらきをしてくれる。周りの料理の主張もそれなりに強いからというのもあるが、インドやスリランカのふりかけは、他の料理と馴染んでいく。ところが日本のふりかけはどうだ。飯だけを食うには心強い味方だが、おかずがあるとその味を邪魔しかねない。和の国生まれのものなのに、思いっきり和を乱している。具材の控えめな汁となら合わせられようが、具材たっぷりで食べ応えのある味噌汁とかと合わせると、ふりかけはちょっと過剰になってくる。

スリランカのふりかけ「ポル・サンボル」

 日本の市販の乾燥ふりかけがこうもご飯を食うのに特化したつくりになっているのは、やはり日本人が大量に米を食うのが好きだからであろう。昔の人は少量のおかずで大量のご飯を食べていた。梅干しの塩分だって、今の倍以上はあったという話である。そのときの食習慣とは随分変わったであろうが、やはり、米をいっぱい食べたいのは日本人の願いなのだ。
 物価高騰でふりかけが売れる……みたいなニュースを見た。おかずの代替として、ご飯をたっぷり食べられるふりかけが要請されるということらしい。当のご飯も高くなっていて目も当てられない状況なのではあるが、この、ご飯をたっぷり食べたい願いは今も変わっていないのがうかがえる。
 だいたい日本人はコメが好きすぎて、食事という行為自体をその主食の名「ご飯」と呼ぶくらいである。ラーメン食っても、パンを食っても、その食事のことは「ご飯」と言ったりする。いくらコメ離れといっても、「ご飯」というのをやめたりしない。コメ信仰というのはすっかり風土に染み付いている。コメは日本人の精神的支柱なのだ。

 野球部の高校生が増量のために各自設定された量のご飯を量って食べているというような光景を情報番組で見たことがある。そんな彼らにとっても、ふりかけは強い味方になるだろう。一方の僕はといえば、すっかり成長期も終わり、あとは衰えていくだけである。彼らのようにご飯をたっぷり食べたいと思わないでもない(必ずしも彼らが好きで食べている、とはおもっていない)が、もうあんな食生活はしていられない。味噌汁と少量のおかずがあれば、すっかりご飯は食べられるし、それだけの量に抑えておかなければならない。僕の食卓にふりかけが復活するのはいつになるやら。たぶん爺さんになったら、懐かしんで「のりたま」など食べるのではないだろうか。

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