0126 本の渋滞

百汁百菜

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 友人の親族が高齢を理由に所持品の整理をするとのことで、「もし興味があるなら」と、かなりの冊数の本を譲り受ける僥倖に恵まれた。中にはずっと読みたいと思っていた本や、貴重な本も含まれており、本当に感謝しかない。だが、これで僕はすさまじい量の読書待ちの本を抱えることになった。

譲り受けた本の一例。トルストイを頂けたのは嬉しい。

「積読は心の栄養」というように、まだ見ぬ世界へと誘ってくれる可能性を秘めた大量の本をその手のうちに持っておくことで心は確かに潤う。やりたいこと、やれることの可能性をたくさん持っておくことはそれだけで生きる理由になるし、生活にハリが出るというものである。しかもそれは図書館にあるとかではなく、自分の手のうちにあるのだ。僕は可能性をこの手に握っている。だが、果たして死ぬまでに読み切れるだろうか?
 まだ30歳なのにそんなことを言うのも変ではあるが、すでに死ぬまでに組み切れるかわからないほどのガンプラを抱えている身なので、本に対してもそんな予感がしてしまうのだ。ガンプラに関してはコロナ禍→需要拡大→転売ヤー跋扈を経てすっかり買えなくなったのと、作っても飾る場所をこれ以上増やせないというのもあって、すっかり購買意欲は消えてしまった。昨今の高額化も相まって、かつてほどの熱量をもってガンプラに接することはもうできない。
 だが、ガンプラならなんでも買っていたぐらいの時期に抱えた大量の「積みプラ」が今でも部屋を圧迫している。この上に大量の本ときたものだ。可処分時間には限界がある。果たして生きているうちに全てを組み立て、読破することができるだろうか。

 これまでに自分で買った本、図書館から借りてきた本、そして譲り受けた本。これらが今渋滞を起こしている。この中では返却期限がある図書館から借りてきた本が最優先となるのだが、本を返しにいったときに書棚を見るとまた読みたい本が出てきて手に取ってしまい、図書館から借りる本のループが止むことがない。なかなか買えないような大部の本を借りてきた暁には、その本につきっきりになるから、なかなか家にある本に手をつけられない。まずは図書館から借りてきた本を読んで、その上で余裕があれば家の本を読むといった状態になっている。
 前にも書いたことがあるが、僕は本を読むのがそんなに速くない。あまりにも意味がわからなさすぎる場合や、今は分からなくとも読み進めていくうちに明らかになるだろうと期待できる場合を除き、文章の意味を飲み込んでから先に進めていく。なので1日1冊みたいなペースで読めることはほとんどない。1日200ページも進めば「今日はよく読んだ」ぐらいのペースで、100ページ程度で終わる日だってある(僕は何冊も並行読みするので、1冊ごとに読み進めるページはもっと少ない)。
 だからといってこの大量に抱えた本を速読で片付けるなんてことは考えたくない。友人の友人に速読を誇る人がいるらしいのだが、その人の読み方はもはや「読む」のではなく「見る」ようなページの繰り方であったという。そんな、活字びっしりのページをビジュアルブックや雑誌かのようにパラパラめくる人がいるなんて……。ちょっと僕には想像の及ばない世界である。

 今年(2026年)はちょっとマシだったが、あまりの暑さに生きているだけで体力をもっていかれるような夏の間は、やはり本を読むペースが鈍ってしまっていたような気がする。だがそんな季節ももう終わりを迎えつつある。事実、秋の夜長は読書のモチベーションを上げてくれる。鈴虫たちの声はいっそう雰囲気を引き立ててくれる。そして、冬になれば家庭菜園の作業もかなり落ち着き、夏の間以上に読書に回せる時間が増えそうだ。
 また、読書部屋として準備を進めていた部屋の完成が見えてきている。時計もパソコンもモニターもない、読書しかできないような空間だ。スマホに関しては持ち込みを禁止にしようと思っている。エアコンがないので夏の間は使えないのだが、春秋冬はいっそう読書に集中できそうだ。
 正直、自分で買った本の中でも、もういいやと思ったら売ればいい(ガンプラだってそうだ)が、譲り受けたものに関してはやはり責任をもって読まねばならない。一応、関心のある本を選んで譲ってもらっているから、興味がなくて読み進められないというのはないだろう。あとは時間と環境だ。とりあえず不慮の事故以外で早死にしないように、健康第一で生きていくことである。

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今回の一汁一菜

2026/06/25分(上)

(玉ねぎ以外は畑で採れた野菜で作った)
チキン・ナス・じゃがいものにんにくハンズオフカレー

2026/06/26分(下)

えのき・ミニトマト・油揚げの味噌汁
山形のだし風漬物
野菜入り厚揚げ

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