0069 「9割本」の残り1割は何なのか

百汁百菜

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 人間の身体の約6割は水分でできているが、これは体内組成の話であって、社会的動物としての〈人間〉にとっては、「見た目」「伝え方」「話し方」「聞き方」……これらが9割を占めているらしい。人間が社会的生活を営むうえで大切な要素が、これらの「9割本」では語られているのだが、ここで10割と言い切らずに、でも9割ぐらいはそうだという姿勢は、洗剤や除菌剤のCMなどで汚れが完全には取れておらず、ちょっと残っているようなCGをつくって「完全ではありませんよ」とクレーム避けをしているようなもので、どうも煮え切らない。その1割だけ残しているさまがいじましい
 9割方はそうだと言ってしまっているんだから、もう残りの1割も「見た目です」「伝え方です」「話し方です」……と言ってしまえばいい。1割残しておいたところは「愛」なり「勇気」なり、各自ご自由なものをお入れくださいじゃあないんだよ、とおもう。あえて欠けさせた1割に特別な意味があるとはおもえない。10割と言い切ってしまえばカドが立つから1割欠けさせただけにすぎないだろう。むろん、後追いで出版された本にいたっては、ただあやかっただけで何も考えていないはずだが。
 だいたい、「話し方が9割」と言っておきながら、「聞き方が9割」とはなんだ。人間が200%ないと成立しないだろう。まあ、これは話す側に回っているときと、聞き手に回っているときといった、シチュエーションごとに人間は違う顔を見せていると考えれば成立はするかもしれない。

「9割本」の9割が『〇〇は△△が9割』といったタイトルで、人間関係、組織運営、営業スキルなど(〇〇にあたる)が、見た目、話し方、書き方、メンタルの持ち方など(△△にあたる)で、すでに9割は決してしまっているのだから、そこに注力せよという本である。残りの1割は「9割が知らない」みたいな、知的マウントのため、あるいは特定の職業にある知識が偏ってしまっており、皆が知らないと損するようなこと(葬式とか、税制とか)を披露するものとなっている。
 これら「9割本」はコツや勘所を的確に押さえて無駄な労力を減らし、効率的で合理的な成長が望めるような、「うまくいく」ことに特化した本たちであるといえる。ではその「うまくいく」とはなんだ。「9割本」の9割が数字でその成功や達成度を測れない、感覚的なものについての本で占められているのではないか。たとえば「組織運営はルールが9割」みたいな本があったとして、その組織とルールがうまくいっているのを、どんな尺度をもって効果測定すればよいのだろう。よろしい、仮に組織運営がうまくいっているとして、その要因としてルール策定が占める割合は本当に9割なのだろうか。誰かが見えないところで骨を折っていたり、たまたま集まった人の相性がよかった、会社の業績がよかった、社会の流れがよかっただけというような、あらゆる要因の割合を計算したことはあるだろうか。いやないだろう。そんなことよりも、「だいたいこれでうまくいった」と、どんぶり勘定するのが関の山である。「9割本」はそこにつけこんだ。
 数字では測れない感覚的なものに対し、「これさえやっとけば9割うまくいくよ」と言ってくれる安心感、お墨付きを与えてくれる本として「9割本」が支持されているのではないだろうか。

 「話し方が9割」などのタイトルに示された内容によって、その趨勢の9割は決まってしまっている中で、残りの1割、読者が入り込める余地はこれだけしか与えられていない。まあ、うまくいかないからこそ「9割本」を手に取っているのであって、1割も参与が許されていれば十分だろうとおもわないでもない。だが物事の9割が特定のやり方で決まるなんて、職人仕事の特定の段階ではないのだから、極めて皮相的かつ単純なものの見方と言わざるを得ない。人間は不安定、不確定なものに耐えられないものであるが、現代社会において人工的なもの、養老孟司の言い方を借りれば「脳化社会」にその身を置く中でその傾向は一層増してしまった。思い通りになり、予測可能なものばかりで身の回りを固めたいとおもうようになったのだ。「9割本」はその心理をうまく突いている。
 人は安心できるもの、確定しているもののためなら、自分の9割を明け渡してもよいとおもっている。その上で、1割も自由やアレンジが許されているのであればそれでもう十分だとおもっている。自由を愛し、自由に生きたいなどと口にする一方で、いざ自由にされれば何もできなくなるのが人間だから、その領域は1割ぐらいで構わないのだ……。などとここまで「9割」だの「1割」だの言ってきたが、やっぱり自分というもののどれくらいが9割で、残りの1割がどれくらいなのか、さっぱりわからない。実は11割(110%)の自分がどこかにひそんでいて、「9割本」を覆してしまうかもしれない。「9割本」を通して、自分の1割(かもしれないところ)に秘められていたものに気づくことができたのならば、意味があったといえるだろう。

 ところで、『人は話し方が9割』という本の最後のほうに「話し方が100%うまくなる究極のスキル、教えます」という項目がある(Amazonのサンプルなどで確認できる)。とんだタイトル詐欺である。

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