0073 ついてる一日、つかれたように眠る一日

百汁百菜

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 朝の6時には起きて一日中活動した上で、テッペンを回るぐらいの時間になっても元気なままの一日もあれば、何もやる気が起きず、何かに取り憑かれたようにひたすら眠る一日もある。これらはたいていセットで、結構この日は頑張ったな、という一日のあとには、その反動でとにかく眠る一日がやってくる。僕にはとにかく体力がない。スポーツの体力というよりも、人生の体力がないのだ。頑張り続けたり、張り切り続けたりするというのは僕の身体が耐えられない。
 世の中には常に活動的で、逆にずっと動いていないと気が済まないという、海で泳ぎ続けるマグロのような人もいる。そういう人は、一度止まってしまうと動けなくなることを知っているのか、一見過酷に見えるリズムを刻み続けている。休みが少なくても平気だという、生粋の体質がそれを支えている人もいれば、そういう自分でありたいと強い自己暗示によってその生活リズムが支えられている人もいるだろう。
 僕はそんな泳ぎ続けるマグロタイプの人間に憧れる、ということはなく、世間一般に合わせ、普通の会社員と同じようなリズムを刻んでいこうとしたのだが、それすらも失敗した。週5日頑張ってあとの2日休むとか、毎日同じリズムを刻むとか、そういう規則的な生活リズムには、どうやら僕は馴染めないようだ。ある意味、「頑張る一日」と「反動の一日」でリズムは刻んでいるのだが、これはどう考えても社会の流れに則した生活のリズムではない。

 旅行の日などはまさに「頑張る一日」で、8時に家を出るということになっても、日課のノートを書くために6時には起きる。寝ぼけ眼をコーヒーで無理やり目を覚ます……ここを乗り越えたら、たいていずっと気合いが入ったまま一日を過ごすことができる。たまに気合いが入りすぎてアラームの前に起きることすらあるのだが。こうして気合いの入った一日は、たいていうまくいくことが多い。何事もプラス思考で楽しくなってくるし、多少の苦労も苦にならないほど精神が昂っている。「今日はツイてる」なんて鼻唄をうたいたくなるような気分である(本当にうたったことはない)。
 緊張感も家に着くまでたいてい持続する。帰途についても、電車内で疲れて寝る……ということはほとんどない。友人との旅行ならば、帰り道で別れたときが気の抜けるタイミング、となる人もいるだろうが、僕の家はどの友人とも離れていて、そこから帰るのにまた結構時間がかかるから、やはり気を抜くことができない。そんな緊張状態は家に帰ってからも数時間続き、本当の限界が来るまではなかなか眠れない。

 問題はその次の日である。朝はなぜか起きられる。だけどあまり眠れていないというのは、腕につけたスマートウォッチが知らせてくれる。とはいえ、そこから昼までは思ったよりも平気で、「昨日あんだけ活動したけど、なんとか今日も大丈夫そうだ」という気になっているのだが、それは毎度のように裏切られ、昼食後は一気に動けなくなる。ここでようやくスマートウォッチが記録するところの「深い眠り」が訪れることもしばしばで、そこからは何かに取り憑かれたかのように眠りつづける。
 だいたい13時から15時ぐらいの時間帯は何かしらの活動に充てたいものだが、その時間がまるまる睡眠で潰れて、起きたら15時、ひどいときは17時近いということもあり、そうなればもうその一日は終わってしまったも同然である。夜にちょこっと本を読んだり、ゲームしたりしてその日は終わり。頑張った一日のあとには、回復に専念する一日を用意しないと、僕はどうしても生きてゆかれない。

 現代で成功者といわれる人の多くは先に述べた泳ぎ続けるマグロタイプの人だろう。そもそもの体力がすさまじいだけでなく、短い睡眠時間で素早く回復できたり、動きながらでも回復しているというような人もいる。対して僕は一日張り切ったら、次の日はまったくダメになってしまうという、極端な振り幅になりがちである。ときには、動いている時間よりも充電時間のほうが長いバッテリーのようなことになることもある。毎日規則正しい生活リズムを刻もうとすれば、頑張り具合を低空飛行で抑え続けないといけない。これでは到底社会的成功は望むべくもない。が、僕はこれでよいとおもっている。僕の身体が、分不相応なことはするなと警戒アラームを出しているのが、反動の一日なのである。
 体力おばけの戦う場所で僕も肩を並べて戦いたいなどと一度もおもったことはないし、そういうマッチョイズムが幅を利かせる世界では、やりたい人間が勝手に戦っておればよい話なのである。そういう世界観に最初から生きていなかったし、僕は仮にそのような世界観に属したとしても、到底ついていけるような能力が伴っていなかっただろう。営業職時代、先輩が同行する機会があり、その日はたまたま忙しかったのだが、「今日はちょっと濃い一日でしたね」なんて僕が言うと、その先輩が「これが毎日じゃないとダメだよ」と言ったとき、ああ、僕はこの世界観の住人ではないなと悟ったのであった。
 頑張ったらきっちり反動が来る、「はかいこうせん」のような生活リズムであるが、本当はマグロタイプでもないのに、強い自己暗示をかけて、限界を超えて突っ走って燃え尽きるよりはよっぽどマシだとおもっている。おかげで大怪我はせずに済んでいるのだから。

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