0097 猫派なのに猫アレルギーっぽい

百汁百菜

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 Official髭男dismに「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」という曲があるように、犬派猫派の溝は深い。お菓子の「山」と「里」の争いのごとく根深い対立を抱えており、また、有名なRPGにおいて二人の女性のどちらと結婚するかで真っ二つに別れたプレイヤーたちのように、互いに決して譲り合うことなく、まさに死ぬまで喧嘩(という名の乳繰り合い)が続くような話題である。営業の際には政治と野球の話はするな、といわれるが、犬か猫かの話題も避けたほうがいいのではないか。
 で、何を隠そう僕は猫派である。犬派のお歴々とは、くんずほぐれつの取っ組み合いを演じてきたし、「ワン」と吠えれば「シャーッ」の応酬で、互いに譲り合うことのない戦いを繰り広げてきた。

 が、最初から猫派だったわけではない。犬に親しみを持っていた時代もある。父の実家では代々柴犬が飼われており、多いときには3匹もいたことがあるらしい(僕は2匹時代しか知らない)。そして親戚じゅうには、Tシャツやカレンダー、LINEスタンプに至るまで、隙あらば柴犬グッズが紛れ込んでいる。そんな中で育てばそれなりに犬に親しみを持つのは当然のことで、僕が子どもの頃は、先代の柴犬とはよく遊んだものである。
 しかし小学生の頃、近所の大型犬に追いかけ回された挙句、尻を二度も三度も噛まれて以来、すっかり犬がダメになってしまった。当時、その犬が住む家の前を通るたびに吠えられていて目をつけられていたのは薄々わかっていたのだが、ある日その犬が散歩中に突然興奮して、飼い主がリードを手放してしまったところに僕も居合わせてしまい、追いかけ回された挙句に噛まれた、というわけである。その日じゅうはイスに座れないほどの痛みと、青タンになった噛み跡がいくつも尻に刻まれていた。先方からは謝罪の挨拶とともに菓子折が届いたが、僕の心の傷が癒えるわけもなく、父の実家の柴犬に対しても僕は怖がるようになってしまい、素っ気なくあしらうようになってしまった。

 まあそんなわけで犬への親しみが失われた僕の心には猫が入ってきたのだ。中学校に上がってから入った塾は個人経営の塾で、家じゅうに猫がいた。志望校合格に情熱を燃やし、シャーペンの芯をすり減らす生徒たちを尻目に泰然自若、悠々自適に過ごす猫たち。擦り寄ってきたかと思えば、「オマエのところはもういいよ」と尻尾を向ける。犬が見せる従順さとは正反対の、人間相手に全く物怖じしない態度と、つかみどころのなさがかえって僕の好奇をそそったのである。
 ちょうど中学生という時期は、その人自身の気質というものがあらわになってくるものであるが、僕の場合は規則や力への不従順さと、特定の誰かや何かに入れ込まずに気ままな生活を送ることへの憧れが猫の性格と重ね合わされて、ますます猫派へ近づいた。また、犬派の親戚に囲まれる中で猫派でいるというその異端ぶりにも動じず、悠々と構えるさまはまるで猫のようだと勝手に感じて、僕は猫にシンパシーを感じている。
 しかしその塾に通い出して2年目ぐらいに問題が起こりはじめる。ちょっと疲れたな、という日に塾に行くと鼻水が止まらなくなりはじめたのだ。ポケットティッシュを鼻に詰めたり、夏にも関わらずマスクをしたり、鼻水が出るからなんだか頭がボーッとしたりと、これでは勉強に集中できない。とうとう、その塾に行くときにはマスクが欠かせなくなった。思春期真っ只中にあっても日常的にマスクをするような人間ではなかったのに、塾に行くときにはマスクが欠かせなくなったのだ。
 診断を受けたわけではないが、どうやら猫アレルギーっぽい。もともと鼻炎持ちだが、塾に行くと決まって鼻水がひどくなっていたから、その可能性はある。犬派への道が閉ざされ、猫派への道を開こうとしていたにも関わらず、猫と満足に触れ合うことができない身体っぽいことがわかってしまった。ああ、僕は誰に癒しを求めればいいんだ(ポケモンか?)。

 というわけで僕が癒しを求めたのはYouTubeの猫動画……というわけではない。人様の猫は可愛くないだとか、妬いているとかそういうのではなく、ただ単に僕は猫の生き方にシンパシーを感じているから猫派なのであって、猫を愛でるのにはそこまで興味はない。いや、ちょっと嘘つきました。猫がいる生活を想像したことは一度や二度ではない。けど、命を預かることへの責任感とか、そういう感覚は持てていない。また、ついこの間父の実家の柴犬が15歳で大往生したのだが、このように人間より先に旅立つことを受け止められるのかはわからない。ましてや自分のペットとなればなおさらである。
 まあ、おそらく猫アレルギーなので、猫を飼うということはないだろう。だけど、せめて心の中だけでも猫(のような自分)を飼って、猫のマインドで世界を眺めてみれば、ほどよく力も抜けて、周りを気にしておどおどすることもなく、また、当たり前にも縛られずに生きていけそうな気がしてくるものである。

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