0075 「つくつく法師」

百汁百菜

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 ある平日の早朝、ボクは車で国道を走っていたところ、急にトイレに行きたくなった。300mぐらい先にコンビニの看板をみとめると、ボクは車をそれまで走っていた右車線から左車線へ移動させ、そして道路沿いのコンビニの駐車場へと車を入れた。
 さて、用を足そうと車から降りたそのとき、一台のスクーターが急に隣に駆け込んできた。ヘルメットからは表情を窺えないが、服装を見るに、どうやらお坊さんらしい。
「ちょっとそこのお兄さん、さっきの方向指示器ウインカーを出すタイミング、おかしかったよ」
どうやら僕の車の後ろを走っていて、コンビニに入るまでの一部始終を見ていたらしい。
「はあ、ちゃんと車線変更のときには出していたつもりなんですけど」
「それじゃあ遅いんだよう。車線変更の“前”に出さないと。ウインカーの意味わかってるのかな」
「自分が行く方向を示すためのものですよね」
「それはそうだけど、今左に行ってますってときに出したって意味がないんだよ。“これから左に行きます”ってときに出さないと」
「気をつけます」
「本当にわかってるのかな。あのね、世の中のあらゆることには意味があってだね——」
「すみません、ちょっとトイレに急ぐので、お話はあとでお願いします」
そうして坊主の説教を遮って、用を足して戻ってくると、その坊主はいなくなっていた。

 ある平日の正午前、ボクはゆったり落ち着いて座れるコーヒー店でランチをとることにした。昨日の晩と今日の朝はほとんど食べていなかったから、ボリュームのある食事メニューに定評のあるこの店を選んだのだ。飲み物はブレンドコーヒー、食事はサンドイッチとフライドチキン、それにサラダが盛られたプレートを注文した。
 ブレンドコーヒーが到着したので、砂糖を入れようと思い卓上のシュガースティックを1本手に取った。その端っこを破ってコーヒーに入れようとしたその瞬間、隣の席から、「その破り方はいただけないなあ」と、最近どこかで聞いたような声でダメ出しが入った。
「シュガースティックはね、まず真ん中を持って、こうやって振るんだよ」
隣の席に座るお坊さんが、シュガースティックを手に実演を始めた。
「それで、両端に砂糖が寄ったら、袋の真ん中のところを切って、それでコーヒーに砂糖を入れるの、わかった?」
そう言いながら隣の席のお坊さんは僕のコーヒーに砂糖を注いだ。どこかで聞いた声と、この教えたがり、説教したがりの雰囲気、この間コンビニでボクにウインカーの出し方について説教をかましてきた坊主に違いない。
「もしかして、この間コンビニでお話したお坊さんですか」
「そうそう。お兄さん、覚えててくれたんだ。あれからちゃんとウインカー出してる?」
「はあ、それはもう早めに」
「それならいいんだよ。で、シュガースティックの使い方、わかったかな?ちっちゃいゴミを出すとお店の人にも迷惑でしょ」
「はあ、わかりました」
「本当にわかったの?あのね、こうやってゴミひとつ出すにもね、気配りってもんがね——」と、コンビニのときのように、また坊主が説教をはじめようとしたが、ボクの席に料理が到着したので、
「あの、すみませんがご飯食べたいんで、お話はそのあとでいいですか」と遮ったところ、
「あ、そう。じゃあいいんだよ。では私はこれで」と坊主は席を立った。
テーブルに残された皿の上には、カツサンドらしきものを食べたソースと衣の形跡と、食べる途中に落ちたであろうキャベツの千切りが散乱していた。

 金曜日の夜はスーパー銭湯に行くと決めている。一週間の疲れをここで癒して、休日を充実させるための儀式のようなものだ。服を脱いでまずシャワーを浴び、あつ〜い湯船に身を浸そうとしたその瞬間、「お兄さん、かけ湯はしたのかね」と背後から聞いたことのある声がする。ああ、またあの坊主か。
「シャワーは浴びましたけれども」
「ここのお湯、シャワーよりも何℃か熱いだろう?念のため、身体を慣らすためにかけておいたほうがいいよ」
「はは、そりゃあどうも」
「かけ湯には、身体の汗を一旦流すってだけじゃなくて、お湯に身体を慣らす目的もあるんだよ。お兄さんはまだ若いからって安心してちゃダメだからね。トシなんて関係なく、こういうのは用心しておくに越したことはないんだよ。ほら、こうやってじっくり、心臓から遠い腕のあたりから、じっくりかけ湯をしていかないとね」
「気をつけます」
「お兄さん、あのね、あらゆることには意味があるって、そろそろわかってきたんじゃない?それを日々考えて実行すればね、私たちの社会はもっとよくなるんじゃないかって、そう思わないかい」
「そうやって意味を深掘りするのは大事だと思いますね」
「そうだろう、お兄さんもわかってくれるかな。私たちは常に、考えていなきゃダメなんだよ」
坊主はそういうが、湯船の前にしゃがみ込んで話している今のボクらはそれでよいのか。
「あの、すいません、そろそろお風呂に入りませんか」
「ああ、そうだ、忘れるところだったよ。いけない、いけない——」
湯船に浸かってからも坊主の説教は続き、のぼせる恐れが出てきたので、ひと区切りついたところで適当に切り上げ、湯船をあとにした。
 あの坊主、もっともなことを言うこともあるが、どうでもいいことにも突っ込んでくるし、いつも人の粗を探してそれを突っつくことに命をかけているんじゃないのか——ボクは扇風機の風をその身に受けながら、ぼうっと考えていた。

 土曜の昼は近所の定食屋と決めている。11時開店と対外的には言っているが、10時過ぎにはのれんが掛かっているので、知っている人はもうすでに食事を始めている。ボクはそこで焼き魚と豚汁の定食を食べていた。
 豚汁の中の里芋がどうも掴めないので、片方の箸でそれを刺し、もう一方の箸でそれを掴むように持ち上げたら、
「お兄さん、それ刺し箸だねえ」
また出たよ。あの坊主だ。
「滑るものは片方だけ刺して、もう片方で支えるのはいいって聞いたことありますけど」
「ふーん。そうなんだ」
「あの、お坊さん、いつもそうやって誰かのことばっかり見てるんですか」
坊主が食事を終えたとみられる茶碗には、米粒がいくつも残っている。それを横目にボクは言った。
「世の中にはさ、何にも考えずにただ周りがやってるからとかさ、なんとなくで生きてる人が多いじゃない。だからさ、私がこうやって目を光らせておくことで、ものごとの意味を考えろって教えているんだよ」
「ふーん。世のためにってことですか」
「そうそう、世のため、人のため」

*****

 日曜日、駅前の広場を通りかかると、いつもの青年がいた。どうやら今日は彼女と一緒らしい。
「やあ、お兄さん、今日も会ったね」
「ああ、またあなたですか」
青年はくれぐれも料理に入れてくれるなと頼んだピーマンを見つけてしまったような表情でこちらを見る。
「ねえ、このお坊さん知り合いなの?」青年の彼女が聞く。
「いや、別に。なんか最近よく出くわすんだよ」
「お兄さん、今日はこれからどこへ?」
「どこだっていいでしょう。あなたのいないところがいいと思ってますけどね。ほら、行くよ」
青年は彼女の手を引いて商店街のほうへ消えていった。まだまだ教えてあげたいことがいっぱいあるのに、まったく残念だと思うけど、ああまで言われたらついていくわけにもいかず、今日のところは家に帰ることにした。

*****

「そんなにあのお坊さんと出くわすの?」
「ああ、なんか今週は毎日のように会ってたような気がする。で、その度にボクのこれがダメだ、あれはこうしろとか、いちいち突っついてくるんだよ」
「ヒマなんだね、そのお坊さん」

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2026/03/26分

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