その瞬間、誰もがナイフの先に視線を集中させてハッと息を呑む。艶やかに焼かれた玉子の表面を刃が辷り、その裂け目からどろりと黄色の花が咲けば、ピンと張り詰めた緊張が解けて卓上の皆は破顔一笑。たんぽぽオムライスとも呼ばれることのある、とろとろふわふわオムライスの完成である。
家庭で再現しようとすれば卒倒しそうになるほどの卵と油脂の量に加え、繊細な技術も要求される。オムレツの形は綺麗に作れたとしても、裂いたところからとろとろの玉子が流れ落ちなければ食卓は一気に冷え込む。そんな感じだから、ああいうのは店で食うものと決まっている。
とろとろふわふわのオムライスと対をなす、薄焼き玉子のオムライスはクラシックなスタイルとして根強い愛好家を持つ。かくいう僕もこっちのオムライスのほうが好きだ。見た目の華美さよりも質実剛健さが好ましく、また今か今かと飛び出しそうなほどみっちり詰まったチキンライスが薄皮一枚の緊張感に包まれているという様にもそそられるものがある。
いわゆるたんぽぽオムライスは食べる前のナイフ入刀によってその緊張を崩されてしまうし、玉子が崩れてしまえばあとは一定量を匙に取って食べるだけの作業感におそわれる。一方で薄焼き玉子のオムライスは自分でその牙城を突き崩す愉しみがある。一口一口に思考が巡る。崩されたとろとろの玉子のように「あとは好きにしてください」と無抵抗な相手では興が削がれる。どう攻略するかを一口一口考えるのがおもしろい。
そんなオムライスだが、とろとろ玉子にせよ薄焼き玉子にせよ、神経質な料理であるのは間違いない。とろとろ玉子は表面の綺麗さだけでなく、中身がちゃんとナイフのひと裂きでどろりと流れ落ちるよう作らねばならないし、薄焼き玉子については均一な薄さにするのはもちろん、中身のライスをみちみちに詰めたとしても破けないように巻く繊細さが要求される。
オムライスはそんな神経質さに対しての畏敬のようなものも一緒に巻き込まれており、ただスクランブルエッグをケチャップライスの上に乗せただけのそれでは味わえないような、技術も共に口にしているといえる。
一方の天津飯はどうだ。某有名餃子チェーン(京都のほう)の天津飯を見よ。とくに天津炒飯では上の玉子が破れていても全く気にしないで提供されるようなことがある。まあ、あそこは店によってかなりバラつきがあるので、それはその日の調理担当のさじ加減なのかもしれないが、オムライスと比べるとかなりおおらかであるのは間違いない。
そんな「京都」のほうの餃子チェーンの天津飯がかなり大雑把なのに対し、「大阪」のほうの餃子チェーンではツルツルテカテカの綺麗な天津飯を売りにしている。ちょっと前にテレビで見たが、焼き方だけでなく卵液の配合にも秘密があり、天津飯に対して適切な語彙かどうかわからないが、まさに無垢と形容したくなるような厚みと表面の滑らかな天津飯を提供している。
そんなこだわりの詰まった「大阪」のほうの天津飯はまた別として、オムライスに比べると天津飯のなんとカジュアルで、フランクで親しみやすいことよ。餡が上にかかるということもあってか、玉子が多少破れていようとあまり気にならない。中華鍋の形状に沿ったお椀型での提供だから自然の形に任せておけばよく、オムライスのように木の葉形にピチっと成形されていなければならないというようなこともない。そのままが出やすい天津飯に僕は親しみを感じる。結局外食するにしても食べるのは天津飯のほうが多い(とろとろ玉子のオムライスを提供するような洋食店にはまず行かないというのもあるけれど)。
そんな天津飯の中で衝撃を受けたものがあったから少し紹介する。兵庫県下のとある店(すでに有名なので名前は挙げない)では、まさに中華厚焼きオムレツといった趣の、具材をたっぷり混ぜ込んだ分厚い玉子に鶏ガラと塩で調味したような餡がかかった天津飯を提供されている。

その店がメディアで取り上げられるときは、だいたい「小」と謳いながらもどっさり野菜が乗っかってくるチャンポンばかり紹介されるのだが、天津飯こそ隠れ名物なのではないかと思えるほどである。玉子を割っても割っても溢れる具材に頬のほころび止まらず、こんな宝石箱みたいな天津飯が世界にあったのかと衝撃を受けた一品だった。
だが、なにせ玉子が分厚い分調理に時間がかかるらしいので、空いているときを狙って頼もう。
で、結局なんだったんだよと言われれば、実はいわゆるたんぽぽオムライスは食べたことがなく(近くに店がない)、また木の葉形のオムライスよりも平べったいオムライスがかつての我が家の主流だったりと、パブリックイメージとして共有されているオムライス観にはあんまり縁がない。
食べたことがないゆえに想像で語るしかなく、そして想像の中にあるものだからこそ畏れ多さは肥大していく。かくなるうえは実際に口にしてみるしかあるまい。でも多分、玉子にナイフが通ったその瞬間がピークなんだろうな……。おっと、こんな「どうせ〜だろう」なんて考えは感性を磨滅させるだけだからやめにしなければ。
そんなこと言っていたら、ライスの上でぐるりと玉子を巻いた「ドレス・ド・オムライス」なんてものも出ているらしい。しかもとっくの前に。もうついていけそうにないや。
関連百汁百菜
今回の一汁一菜


2026/07/20分(上)
小松菜・ぶなしめじ・油揚げの味噌汁
きゅうりのわさび漬け
ベーコンレタスタマゴの炒め物
2026/07/21分(下)
小松菜・キャベツ・油揚げの味噌汁
じゃがいも・ベーコンのバジル炒め









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