0104 さようなら、全てのSNS

百汁百菜

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 ガジェットにハマっていた頃、毎年のようにスマホを替えているような時期があった。毎年のように進化していく機能のアピールと、シェア獲得のために、前年機種を高く下取りしてくれるキャンペーンが続いていたから、ついそれに乗っかって、どんどんスマホを新しくしていた。
 そうして機種変更を続けていると問題になってくるのがアプリの引き継ぎである。今はスマホの引き継ぎもかなり楽になって、旧機種と新機種を隣に置いておくだけで勝手にデータのやり取りをしてくれ、ホーム画面のアプリの配置まで新機種にそっくり移動することができる。とはいえ、再度ログインを求めてくるアプリも少なくない。どうしても使うアプリなら面倒だけど再ログインして使えるようにするけれど、そんなに使ってないな……というアプリはこの機種変更の際に切ってしまおうと、だんだんと必要ないアプリをアンインストールしていくと、とうとうSNSの類のアプリは家族や友人との連絡用に使っているLINEだけになってしまった。

 Instagramを昔は精力的にやっていたけど、数年前に投稿を辞めたっきり、今はどのスマホにもアプリを入れていない。ブラウザからログインしようとすると、なぜか失敗するのでもう放置してしまっている。他にSNSアカウントを公開していないから、一応僕の窓口みたいになっているにもかかわらず、である。お問い合わせはメールからお願いします。
 ブラウザで見るといえば、X(旧Twitter)は、一度見始めたら止まらなくなるからと、アプリはどのスマホにも入れずに、使い古しのスマホのブラウザでのみ見れるようにしていた。スキマ時間を潰そうと見始めたら30分も1時間も経っていた!ということがザラにあるXにおいては、わざわざ古いスマホを引っ張り出さないと見れないようにすることによって、安易にXを開けないようにして、「めんどくさい」が勝つように仕向けていたのだ。
 そこまでやったけれど、結局それなりの時間、Xを見てしまっていたので、とうとうその古いスマホの電源を普段は切っておいて、Xを見るときだけ電源をつける、というような運用になった。そうしてようやく、時間を決めて閲覧することができていたのだが、ある日、ブラウザのXから何かの拍子でログアウトしてしまった。前にログインしたときからあまりにも時間が経ちすぎて、どのメールアドレスを使っていたかを忘れてしまい、当然パスワードもわかるはずもなく、またユーザーID(「@〜〜」の方)も忘れるという体たらくで、ログイン不可になってしまった。が、これでとうとう踏ん切りがついた。Xを見るのもやめてしまおう、と。
 これは想像以上に僕の時間を取り戻すことにつながった。Xがないだけで、こんなにも一日が長いのかと思い知らされたのである。Xじゃないと見れないコンテンツもあったけれど、ないならないでもう別に構わないと思えるようにもなった。結局、SNSで出会ったものとは、あったら見るけど、なかったら見ないという、ちびまる子ちゃんとかサザエさんぐらいの距離感なのである。

 Xを見ていた時間をそのままそっくり読書なり、ものを考えるための時間に充てられるようになったというわけではないが、ないものはないのだから、Xを見たいというよう欲求はもう湧いてこなくなった。Xがまだ見れていたときは、本を読んでいてもXを開きたいという雑念が混じっていたり、これが終わったら、ここまで読んだらXを開こうとか考えたりもしていた。そういうのは綺麗さっぱり洗い流された。もともとアプリを使っていなかったのだから、今さらアプリを入れて見ようだなんて思わないし、新しいアカウントを作ってまでXを見ようとも思わない。逆にXを見ないでいられる時間のほうが快いもののように感じられている今、それを失いたくはない。
 世界のトレンドから置き去りにされていっていたり、最新のニュースを知らなかったりすることも増えた。なんてったって、僕はYahoo!JAPANのアプリだって入れていないから、Yahooニュースは一切目にしない。ついでにGoogleニュースも見ない。夕方のテレビのニュースをチラッと見るだけ。それも家族が見ているから僕もついでに見ているだけで、家族がいなければテレビのニュースは見ない。自分と関係のないニュースを目にしてそれに一喜一憂したり、ドキドキハラハラしたり、義憤を燃やす必要性を感じないからだ。
 遠いところの出来事であっても自分事のように感じられるのは人間の素晴らしいところであるものの、それを利用したアテンションエコノミーによって、僕たちは関係のないニュースにまで怒らされているようにおもえる。誰々が不倫しようが、パワハラしようが、もうどうだっていいじゃないの。もちろん、あなたの配偶者なり、近しい人がそれをしてたらキレていいけど、「テレビで見てたあの人がそんな人だったなんて」と勝手に失望して、「もうテレビで見かけるだけでも不快だ」とか言われましても、そんな遠い人に向けた怒りのエネルギーほど無駄なものはないではないか。

 コスパ・タイパ言いながら、SNSやショート動画をスクロールする時間を浪費し、遠い誰かへの怒りの共感などによって感情のエネルギーを浪費している。こうして結局は何かを無駄にせずにいられないのが人間なのである。僕だって、結局SNSからは離れたけれど、無駄なことばっかりしてるとおもう。この際、すっぱりと人間の人生は無駄ばっかりだと認めたほうがいいのではないか。
 何か人生を意味あるものにしようとするからこそしんどいのであって、人生が無駄ばっかりだからこそ、なんでもできるという気になってはこないか。なのでまず、わるい無駄を省いて、いい無駄を選んでいこう……って、これじゃあ結局コスパ・タイパ思考と変わらんか。でもこう考えるほうが、肩の力はほどよく抜けるんじゃないかとおもう。それに、「どれだけ有効に時間を使うか?」よりも「どれだけ無駄に時間を使うか?」のほうが、かえって真剣に考えるかもしれない。

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