0112 暑いときこそ熱いものを

百汁百菜

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 空は突き抜ける青から愁いを帯びた色に染まりつつありながら、風の色は涼やかな秋の予感を運んでいる。だけど、一向に下がらない気温と湿度がその秋の気配を包み隠さんとして、我々の季節の感覚を狂わせる。もはや二季とまで揶揄される日本の気候において、長い夏の期間を乗り越えるための方策はいくらあっても足りないほどだ。
 とにかく暑いときには冷たいものが欲しくなる。冷たいコーラやコーヒー、麦茶。アイスクリームにかき氷。冷えたビールにハイボール。ツルッとのどごしそうめん・そば・うどんと、それから冷やし中華。冷たいスープや冷製パスタなんかもあったら嬉しい。とにかく冷たいものは豊富であればあるほどよく、また冷たければ冷たいほどよく、終わりの見えない酷暑に対抗するべく、人々の叡智が冷たいものに結集している。
 だが、本当に冷たいものばかり口にしていていいのか。熱中症予防のために欠かせない水分補給や、最近売り出し中の「アイススラリー」は、火照った身体を急激に冷やすために必要なものだから別として、普段の食事からして冷たいものばかりにしていてよいのか。暑い夏だからこそ、かえって熱いものを口にするほうがいいのではないか。

 オフィスワーカーにはありがちだが、クーラーの効いた部屋と外の温度差に身体の体温調節機能がやられて、疲労を溜めてしまうということも起こっているなか、暑い中で冷たいものを口にするとやはり温度差に身体がびっくりしてしまうということもあるのではないか。また、我々は恒温動物であるからして、一度冷えた体温は取り戻さなければならないとエネルギーをそこに消費してしまうのではないか。
 ならば暑いときこそ熱いものを食べて飲むことによって、体温の変動を減らして恒常を保てば、疲労を溜めにくくなり、長い夏でもバテずに乗り切れるのではないか……。僕はこれまで夏バテを経験したことがないが、それはあまり意識しないうちに、夏でも熱いものやぬるいものを頻繁に口にしていたからではないかとおもう。「暑気払い」というが、それは冷たいものだけでなく、熱いもの、ぬるいものによっても達成されるのではないか。

 まずはやっぱり「ひやあつ」のうどん。詳しくは0084「うどんは“ひやあつ”」で書いたけれど、讃岐うどんの店で供される、冷たく締めた麺に温かい出汁をかけて食べるうどんのことである。熱くもなく、冷たくもないうどんは身体に負担をかけないだけでなく、讃岐うどんのコシと、出汁に咲く煮干しの香りを十全に味わえる通好みの食べ方である。
 家でも冷たい麺よりは温かい麺を食べることのほうが多い。麺を締めるのが面倒なときは、温かいまま食ったほうがいいんじゃないかとすら思うこともあるぐらいである。さすがに冷やし中華ではそんなことしないけど。

 アイスコーヒーだけでなく、たまにホットコーヒーも口にするようにしている。まあ単純にアイスに向かない豆があるからホットにしているだけというのもあるけれど、やっぱり腹に入れたときには、ホットコーヒーのほうが収まりがよい気がする。アイスコーヒーを飲んでいるとやはりスカッとして気持ちいいのだけど、どうしても腹の奥がしんと冷えたような感覚が残る。
 麦茶も冷えすぎたものよりはちょっと常温に戻したぐらいがちょうどいい。畑作業中に持ち出している水筒の麦茶は、魔法瓶に入れているわけではないからだんだんとぬるくなっていくのだけど、そのぬるさが逆に身体に負担をかけないからと、好ましさすらおもえている。

とあるちゃんぽん有名店の「カレーラーメン」。

 夏といえばカレーは欠かせない。蒸し暑い夏にこそスリランカカレーを!……と言いたいところだけど、最近はほぼ作っておらず、一周回って普通のカレーばかり食べている。カレーを食べるとやっぱり身体にエネルギーが漲ってくるような感覚がある。後に述べる味噌汁とは対照的な存在で、毎日のように口にして身体のリズムを作る味噌汁とは違い、ときどき口にすることで身体に喝を入れるのがカレーである。いい加減スパイスの在庫を掃いていかねばならないので、もうちょっとカレーの回数を増やしたほうがいい気もしている。

 そんな今年(2026年)の夏、個人的ヒットは餃子の王将の「夏ラーメン」である。熱い食べ物の中にも涼やかさを持ち込むというコンセプトのもと生まれたこのラーメンは、見るからに辛いのだけれど、その辛さは唐辛子一辺倒なものではなく、生姜と山椒の効いたまさに「気持ちのよい」辛さである。延々と責め苦を与えてくる夏の日差しと好対照をなす、あとを引かない瞬間的な気持ちよさが、熱いスープであってもぐいぐいとレンゲを進ませる。食べているうちに出てくるのは、じっとりとした厭な汗ではなく清々しい汗で、クーラーの下ですっかり鈍った汗腺を刺激してくれる。すでにこの夏2回は食べたけど、またあと2回は食べないといけないとおもうぐらいには個人的メガヒットの熱い食べ物だった。

 そして日々の味噌汁。もちろん温かいままいただく。冷や汁にしてもいいのだけれど、冷や汁に向く具材の集まりが悪かったりして、なんでも入れられる温かい味噌汁のほうを優先してしまう。冷や汁は年に一度〜二度食えばいいところだろうか。
 それに、冷や汁をあんまり作らないのは、やっぱり温かい味噌汁を飲むと夏でも心が落ち着くからである。クーラーや麦茶で冷やされた身体にぽうっと灯がともり、本来あるべき体温に戻されてゆく感覚がある。また、フーフーして程よい温度まで冷まさねば口に運べず、ゆっくり食べることを味噌汁は半ば強制する。のどごしのよいものをさらさらと流し込んでしまいがちな夏の食事に待ったをかけるのが一汁一菜の食事なのだ。ある種の不便さ、そぐわなさを持ち込むことによって季節に流されない生活の軸が生まれる。身体の状態を一定に保ちたければ、季節に合わないときがあったとしても、年中同じものを食べているのが一番いい。

 このように、長い夏でもバテないためには、熱いものやぬるいものを積極的に摂って基本的には体温を一定に保ちつつ、ときにはしっかり汗をかいて、鈍りがちな汗腺に喝を入れてやるのがよいのではないか。冷たいもので身体の中を冷やしてしまうと胃腸の働きが弱ってしまう。
 僕は熱いもの、ぬるいものはあまり意識せずに摂ってきたからいいとして、最近は意識的に冷たいものを減らすフェーズに入っており、子どもの頃は毎日のようにアイスクリームを食べていたけど、今では1週間に二度も食えば多いぐらいのペースになっている。アイスコーヒーを飲んでさらに冷たいアイスを重ねるというようなことに腹が耐えられないのだ。それですぐ腹を壊すというよなことはないけれど、しくしくと違和感が腹に残る。常温の水や白湯を飲んで元に戻したいという気にすらなる。
 外が暑ければ冷たいものでバランスを、と考えてしまいがちだが、直感や欲求に反することを選ぶほうが、かえって身体のバランスを取れるのではないかと思わされる長い夏である。

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